リアルな幻想と前向きな妥協
社会の変化を語るとき、「核家族化」とか「少子化」という言葉を並べると、Jは必ず「Patchwork-Familieの増加」という単語を付け加える。パッチワーク・ファミリーというのは、ドイツ語で「子連れの再婚家庭(ステップファミリー)」のこと。たしかにその増加は統計的事実であるが、Jがこの単語を欠かさないのは、彼自身が「パッチワーク」の構成員だからでもあるだろう。

この「パッチワーク」という表現は、言い得て妙だ。そもそも夫婦というのは他人同士なわけだし、血のつながっている親子兄弟でも一つ屋根の下でともに暮らすにはそれなりの思いやりや譲り合いが必要なわけで、そう考えると、なにもステップファミリーだけではなく、家族というものは本来パッチワークなのでは?とさえ思えてくる。少なくとも「子は鎹」よりは、現代の家族というものの「つながり」のあり方にマッチしている気がする。

これまでフツウだと思われていた、そしてそれが幸せだと思われていた「家族」像、あれはもはや過ぎし時代の幻想だよ、とJは言い切る。私個人にとってその「幸せな家族」像はいまだにリアリティを失っていないけれども、彼の指摘はとても示唆に富んでいると思う。

15年ほど前、パッチワークに凝った時期がある。醍醐味は「たとえ二つだけではありえないような組み合わせの色や柄でも、第三、第四の色や柄を合わせることで、各パーツがいい味を出し、全体としてうまくまとまったりする」ということだった。

* * *

親友Nが「第二子妊娠」という嬉しい報告メイルをくれた。実は、私の周りは今「ベビーブーム」と呼びたいような状況である。親しい友人たちが次々と母親になってゆく。彼女たちは総じて、少子化の原因として語られることの多い「女性の高学歴化、社会進出、晩婚化」を絵に描いたような人びとであるため、風が吹いたくらいで桶屋が儲かるかい!とか言いたくなるのだけれども。

Nのメイルと、その直前に読んだ内田樹さんの「カウントダウン方式」についてのエントリが頭の中で化学反応を起こし、私はふと、あることに気がついた。それは、上述の友人たちのほとんどが「家庭か仕事かという二者択一をしなければならないときがきたら迷わず家庭を選ぶ」という最後の選択だけはあらかじめ心に決めている(いた)ということ。もちろん「仕事などどうでもよい」ということではない。「そのときがくるまで二者択一で悩んだりはしない」という「裏の決意」が大事なのだ。彼女たちは「両立」について悩むにしても「家庭あっての仕事」をどうやったら続けていけるかというふうに悩む。

一方で、多くの同世代女性が「とりあえず」仕事を続けながら「or」でつながれた複数の生き方選択肢の前で悩み続けているという実情がある。これは、少子化の問題と言うより「選択社会」をいかにしなやかに生きていくかという問題として考えた方がいいかもしれない。キーワードとしてパッと思い浮かぶのは「前向きな妥協」だ。

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#crossviewとgenkicompanyさんのエントリ「少子化とペットブーム」に
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by kyuco | 2006-01-08 11:29 | 時事問題-日本
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