少子化社会と私たちの世代(覚え書き)
kyoko ちゃんの「少子化問題と社会改革について」やgenkicompanyさんの「少子化より女性の自己実現」を受けて、覚え書き。

* 「働くこと」の固定イメージ

フルタイムで一家を支えるために働いてるお父さんのスタイルがいまだに「働くこと」の基準...たしかにそのとおりだなぁ、と思う。これがある限り「仕事か家庭か」の二者択一に陥ってしまう女性が多いのもムリはない。イメージを変えるにはどうしたらいいのかな。今現在、実際に新しいスタイルで働いている人や働ける職場を積極的に評価すること、またそれを支援するような制度をつくること、くらいだろうか...

* 「当事者」感の温度差

「負け犬」論に火がついたり、「オニババ」論に火がついたり、当の女性は「自身の問題」として対峙させられているのに、男性は(制度等の決定権を持つ中高年にせよ、「結婚相手」世代にせよ、彼らも「当事者」であるにも関わらず)「社会の問題」として対峙している、その温度差もなんとかしたほうがいいのかも。

男女のケンカの種として代表的な(?)「何が問題なのか、はっきり言ってくれないと分からない」という(主に男性側の)発言、もしかすると、この問題もそれと似た構造がからんでいるのかな、と思う。「自分も当事者なのに、言ってくれれば対処する、とか言っている時点で問題解決はありえない」みたいな雰囲気がなきにしもあらず...

* 「持ちたいのか持ちたくないのか分からない」人たち

「したいけどできない」より「自分はどうしたいのかが分からない」「したいことがない」と悩む若者が増えたこと、これは、「どうするべきか、ではなく、どうしたいかを考えなさい」と言われて育ってきた、「やりたいことのできる、自由な」世代の特徴だと思う。

子どもを持たない/持てない人の中には、「子どもを持ちたい(けど持てない)」とか「持ちたくない」とか明快な希望や意志がある人よりも、「どうも持ちたいと思えないんだけど女性としてそれでいいのか」「この状況で持ちたいと思っていいのか分からない」「持ったら社会人としての私はどうなるんだろう」「大学院まで出たのに仕事やめちゃうってどうなの」「持たなかったらどうなるんだろう」みたいな「もやもや組」の方が圧倒的に多いだろうと思う(←統計的根拠はない。でも、「言ってくれれば対処する」方式がうまくいかないのはそのせいではないか)。「少子化対策」の観点からいうと、むしろそういう存在に目を向けることが大事なのではないだろうか。

* 紙の表と裏を分離しようとするような教育(蛇足、というか↑の補足)

私たちの世代は(男女とも)社会での「使命感」が薄れてきているという指摘もある。「使命感」とはなにか。「するべき」と「したい」の渾然一体となったような感情ではないかと私は思う。「なにがしたいか」偏重で育ててきた世代に、社会に出て突然昔ながらの「使命感」を求めることのナンセンスに気がつくべきだ。

いきすぎた「男女平等」「個性」「自分らしさ」「ゆとり」論なども同様。「するべきこと」や「できること」と表裏一体の「したいこと」、「違いを受け入れること」で実現する「平等」、「真似る」ことで浮かび上がってくる「個性」や「自分らしさ」...紙の表が大事なら、裏も大事だということに社会全体が気がついて、そういう教育をしていかなければいけないと思う。

* * *

「価値観」や「美徳」の矛盾あるいは歪み、これを「共存」にかえていくにはどうしたらいいのか。多様性の時代に、「コンセンサス」というのはどういうレベルでありえるのか。
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by kyuco | 2006-01-11 20:38 | 時事問題-日本
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